Webマーケターが異世界転生したので、カフェの経営を立て直してみた

第二話「3C分析、できてる? 異世界カフェは今日も閑古鳥」

2023年06月13日

朝起きるとまず窓を開ける。森の木の香りを目一杯吸い込むと、わたしは大きく伸びをした。

今、わたしがいるのはエルミア公国にあるバーチフィールドという小さな町のはずれにあるコトラー亭という名のカフェだ。ここは、フィリップとアンナという兄妹が営んでおり、なんとわたしが生きてきた日本とは違う世界——異世界にある。気付いたらここにいたわたしがこの店で厄介になり始めて、もう1週間が経っていた。

まったく見ず知らずの土地にやってきて狼狽えもしたが、時間の数え方や季節、曜日などの概念は似たようなもので、なんとか順応できている。(本当は”同じ世界”なのでは?と思って、元の世界の常識的な話をいくつかしてみたけど、それは通じなかった。)

兄のフィリップは調理場担当。アンナと同じ赤毛を持つ十八歳の男の子だ。妹アンナは給仕担当で、兄妹でやっているコトラー亭は、二人が両親から受け継いだものだそうだ。彼らの両親はなかなか自由な二人だったようで、現在は旅に出ていてたまにしか返って来ないんだとか。お店は懐かしさを感じさせる白い木目調の内装で、現代日本風に言えばレトロでかわいい! そんな雰囲気もあってわたしはとても気に入っていた。建物は結構大きくて、店の二階は三人で暮らすには十分な広さの居住スペースだ。建物の裏に畑や鶏小屋もあって、日々食べたりカフェに出す野菜や果物、卵などはここで採っている。

一週間前のあの日、目を覚ました後、「家に住むといい」というアンナの言葉に甘えて住み始めたわたしは、二人が営むそのカフェの手伝いや併設された居住スペースの家事の手伝いなどをすることにした。

したのだけれど——。

「ねぇ、さすがにお客さんが少なすぎない?」

朝はかなり早く起きる。起きたらまず朝ごはんを食べ、フィリップは森へ食料採集に行く。わたしとアンナは店の掃除や家事など、開店準備をする。お昼より前にフィリップが戻ってくると、今日採れた食料と、調理場にすでにある材料でフィリップがその日のメニューを決める。

お昼の十二時に店がオープンしたら、お昼時にポツポツと常連客が数人来る程度で、わたしたちは毎日その常連客の合間の営業時間中に普通に賄いを食べられていた。十七時までの営業で、十五時からはフルーツやコーヒー、サンドイッチなどの軽食といったカフェ営業が中心となる。その時間になると、全然人が来なくなる。

(ランチはまだしも、カフェ営業にはこの一週間で三人しかお客さんが来ていない。)

現在は十四時。お昼時も過ぎ、お客さんが一人もいないカフェで放ったわたしの問いに対して、フィリップは「そーお?」と呑気に言った。アンナも「ごはんは食べられてるし、大丈夫よ。」とあっけらかんと言う。しっかりしてそうな子だと思ったのにぃ。

「でも、これじゃあお店が赤字じゃないの? お世話になってる身でなんだけど、食い扶持が増えたわけだし……」
「この辺りでそんなこと気にしてるお店、ないよねぇ。」

バーチフィールドは特別貧しい町というわけでもないが小さな町で、これと言った特産品もないらしい。だが、家で畑や家畜を飼ってる家も多く、それぞれ裕福ではないものの食べる分には問題なく暮らせているのが現状のようだ。そして、これはエルミア公国全体がどうやらそうらしいのだが、気候は穏やか、国の周囲を大河や険しい山に囲まれており、他国からの侵略の心配もあまりなく(そもそも周囲の国とは友好関係を結んでいるようだ)、国を治める大公一家も穏やかで人望ある人たちのようだった。

そのせいなのか、国全体が大らかで、よく言えばガツガツしていない過ごしやすい国だけれど、商売にはいまいち無頓着で、兄妹も店の売上をさほど気にしていないようだった。

「でも、せっかく開店したんだし、もっとお客さんが来たらいいと思わない?」
「そりゃ、来るに越したことないけど、それをどうやって増やすかっていうのが問題なんだよねぇ。」

うーん、と考え込む二人を見ながら、わたしは思いついたことを言った。「例えば、今どんなお客さんが来てるのか考えたり、そういう人が来てくれるようにお店を良くしたり宣伝をしたり……」

開店時に店の前にメニューの看板は出すが、それ以外の宣伝をしているような様子はなかった。

「せん……でん……?」
「どんなお客さんが来るか……?」

二人ともまったくピンとこない顔をした。

「もしかして、そういうこと一切したことないの?」と聞くと、二人がうなずく。「例えば、今うちに来てくれるのはお昼を食べに来る常連さんがメインでしょ。この店は少し町はずれにあるから、森で仕事がある人や隣町との行き来を日常的にする人がほとんどでしょう。そういう人たちがどんなメニューが食べたいのか、喜ぶのかを工夫してみたり、お客さんのないティータイムにどんな人が来てくれるように工夫するか、みたいなこと。あとは……似たようなお昼を食べられる別のお店がどんなところなのか、とか。考えたこと、ない?」

「コトコすごーい! そんなこと考えたこともなかったわ!」

アンナが顔を輝かせる。

「渡り人は —— コトコの元の世界ではみんなそんなことを考えながら生きていたの?」

「みんな——っていうか、お店や会社をやってる人は多かれ少なかれ考えていたんじゃないかな。例えば、どんなお店で、どんなお客さんがきて、どんなお店が競合で……を考えることを3C分析って言うの。他にもいろいろ分析するための方法があって、そういう分析からお店を知ってもらったり好きになってもらったり売上を伸ばしたりするには何をすればいいかの戦略を立てる。前はそういうこと仕事をしていたの。」

ここに来て一週間、とても過ごしやすい場所だけど、いきなりこちらに来てしまったわたしはとりあえず慣れるのに精一杯で、前の生活をゆっくり思い出す余裕はあまりなかった。たった一週間だけど、以前の仕事を思い出しながら、懐かしい気持ちになった。

「へぇ、じゃあコトコ、おれたちにそういうこといろいろ教えてよ!」
「え……?」

できるのだろうか。素朴で、大らかで、どうやら”マーケティング”の概念もないらしい、そしてパソコンもスマホも、現代日本のようなGoogleやSNSも一切ないこの場所で、ただWebマーケティングの支援会社で働いていただけのわたしが——迷いはあったけれど、フィリップとアンナの期待に満ちた表情で、わたしは心を決めた。

「わかった、わたしにできることでよければ!」
「ありがとう、コトコ!」

ここで暮らす人のことをまだ何も知らないわたしにどこまでできるのか、少しも想像はつかないけれど。わたしは一人のマーケターとして、ワクワクし始めていた。

(続く……?)

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